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最寄のバス停でバスを降りたあと、わたしはそのまま屋根の下で突っ立っていた。雨はわずかに降っている程度。ちょっと気が変になっているのかもしれない。自分らしくない。
目の前でまたバスが停車する。プーッというブザーのあと、バスのドアが開く。
「あれ、おかあさんがいる!」
わたしと目が合ったとたん、バスから降りてきた少女の顔がぱあっと明るくなるのを目撃して、少し恥ずかしくなる。少女は迷いなくわたしの横に来て、手を繋いでくる。わたしは握り返して、保護者の顔を見た。驚きと困惑と、少々の喜び、といったところか。
「やっぱり動いているおかあさんが良いよ。温かいし、変な臭いしないし。うちではなんで動いてくれないの」
「――変な臭いって?」
シリコンドールって、そんなに臭うものだっけ? わたしが男の方を見ると、いつものように彼は焦りだした。娘の手を掴んで、歩いて行こうとする。この子の家で、何かあったのではないか。そんな疑惑がむくむくと湧き上がった。
「奥さん、本当に生きてるんですか?」
わたしは男の背中に向かって声をかけた。父と娘が同時に立ち止まる。
「――あなた、なにか勘違いしてませんか」
振り返った男の表情は、意外と冷静で、理性的だった。
「だって娘さん、意味深なことばかり言ってますよね? 動かないとか、冷たいとか、変な臭いがするとか……」
「もう、見てもらった方が早いかな。家に来ませんか」
開き直ったような父親の提案に、少女が「そうだよ、おうちに来てよ!」と便乗して誘ってくる。
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