スペア未満

18/21

18人が本棚に入れています
本棚に追加
/21ページ
 最寄のバス停でバスを降りたあと、わたしはそのまま屋根の下で突っ立っていた。雨はわずかに降っている程度。ちょっと気が変になっているのかもしれない。自分らしくない。  目の前でまたバスが停車する。プーッというブザーのあと、バスのドアが開く。 「あれ、おかあさんがいる!」  わたしと目が合ったとたん、バスから降りてきた少女の顔がぱあっと明るくなるのを目撃して、少し恥ずかしくなる。少女は迷いなくわたしの横に来て、手を繋いでくる。わたしは握り返して、保護者の顔を見た。驚きと困惑と、少々の喜び、といったところか。 「やっぱり動いているおかあさんが良いよ。温かいし、変な臭いしないし。うちではなんで動いてくれないの」 「――変な臭いって?」  シリコンドールって、そんなに臭うものだっけ? わたしが男の方を見ると、いつものように彼は焦りだした。娘の手を掴んで、歩いて行こうとする。この子の家で、何かあったのではないか。そんな疑惑がむくむくと湧き上がった。 「奥さん、本当に生きてるんですか?」  わたしは男の背中に向かって声をかけた。父と娘が同時に立ち止まる。 「――あなた、なにか勘違いしてませんか」  振り返った男の表情は、意外と冷静で、理性的だった。 「だって娘さん、意味深なことばかり言ってますよね? 動かないとか、冷たいとか、変な臭いがするとか……」 「もう、見てもらった方が早いかな。家に来ませんか」  開き直ったような父親の提案に、少女が「そうだよ、おうちに来てよ!」と便乗して誘ってくる。
/21ページ

最初のコメントを投稿しよう!

18人が本棚に入れています
本棚に追加