スペア未満

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 ここはラブホテルだ。わたしたちは清掃係で、朝九時から午後五時まで、客が汚した部屋を綺麗にしている。小便をかけられた掛け布団だとか、オイルだらけのバスルームだとか、精液が飛び散った鏡だとか、アホみたいに汚れた現場を何度となく片づけてきた。ナミ姉はわたしの先輩で、教育係で、二人一組で清掃を行うときの相棒だ。  事務所から廊下に出て、業務用掃除機を引き摺りながら客室に向かう。その間もおしゃべりは止まらない。 「だから、彼女がいなくて出会い系にも手を出せないような人が、人形を買うのかもね」  ナミ姉の話に頷きながら、今朝バス停で会った子連れの男を思い浮かべた。地味な服装だったし、髭もきっちり剃っていて真面目な風貌だった。出会い系でセフレを探すような人物には見えなかった。  客室のドアを開けて室内に入る。まず行うのは、全てのドアを開け放ち、籠った空気を外に流すこと。タバコ、酒、オイル、食べ物、体臭等々。消臭剤や空気洗浄機を設置しても、なかなか無臭にはできない。  わたしは窓からバスルームに移動した。バス用スリッパを履いて中に入り、浴槽の栓を抜いて溜まっていた湯を捨てる。我ながら、流れるような動きだと思う。 「あんたも、ずいぶん慣れてきたよね、この仕事。半年経った?」 「はい。六か月と二週間」 「この仕事、向き不向きがあるんだよねぇ。ダメな人は一日で辞めちゃう」     
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