良く育つ苗木

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桜の樹の下。彼女は何を思い、そこに佇むのだろうか。彼が22回目の彼女の日に贈った桜は1年経った今でも苗木のままで。それでも『この桜と一緒に成長していこう』と誓った彼の顔を思い出しているのだろうか。 苦しかった時の事、楽しかった思い出、きっと沢山あるのだろう。きっと私なんかより沢山の想いを共有したのだろう。私はそれが羨ましくもあり、同時に酷く恐ろしい。 楽に生きていたいだけの私には、彼の死は重過ぎるのだ。それはトラックに土砂を積むような調節のきくものではなく、例えるならそう、記録的且つ突発的な豪雨で決壊寸前のダムの様な…そんな唐突で不可避の代物。 だからこそ私はもう、二度と大切な人を作らないと心に決めた。 今日、丁度23度目の彼女の日。晴れ渡る空からは今も尚大粒の黒い水滴が流れ続けている。もう二度とこの場所が晴れる事はないのだろう。しかしあの桜はきっと良く育つ。彼の望むままに。彼女の感情など知らぬままに。 どうせ彼女の涙は私のソレとは異なり、清く正しく美しく、何より正当な権利の上に流れ、あの2人の絆の上へ零れ落ちるのだから。
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