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 夢を見ていた。  菜花の咲き乱れる、地平線まで続く広い草原に、大きく立派な一樹の満開の桜が有って、その木陰に自分と、浅紫の羅を着た若い華奢な女が、肩一幅くらいの間を開けて、横に並んで座って居る。  女は乳白の肌で、髪は頭上の桜花と同じ色をしている。自分は初めて見た時から、この女は桜なんだと思った。  それで、貴女はいったい、桜なんですか、と聞いてみた。すると、春景を遥か幽遠に観んでいた女の眼が自分の方に差してきて、それからゆっくり細い体をこちらに向けて、じっと自分の目を見た。妖艶と、幼さと、儚さと、春の妖気のようなものを含んだ、輝石の如く綺麗で、少し哀しげな眼だった。これに見つめられると、その眼が訴える哀が、妖気が、自分の心にも映るような気がした。不思議な眼だった。女は少し間を空けてやがて雪解けの小川の清流の様な澄んだ声でええ、桜ですと答えた。女の眼の哀の色が深くなった様な気がした。駄目な事を聞いたと思って、すみませんと謝った。いえ、と女は微笑んで返してくれた。その微笑みもやはり哀に染まっている様に感じた。
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