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「…なに?今日はお菓子、持ってないよ」
天井を見つめながら、部屋一面にそれとなく話しかけてみた。
いつもならたいして気にしないけど、あいにく今は具合が悪い。部屋の中でサッカーとかされたらたまらん…。
今は静かに寝ていたい。その思いが通じたのか、急に部屋の中がしんと静かになる。
(…、気配が消えた?)
あのおかしな感覚がぴたりとなくなった。
オレは起き上がり部屋を見渡すも、やなりたちの黒い姿はどこにもなかった。
「来ないのかよ…」
ぽつりとひとりごとがこぼれた。
べつに期待してたわけじゃないけど、これはこれでちょっと寂しい気もする。
まあいいや、もう一度眠ろう。そう思い、オレはまた布団に身体を沈めた時だ――。
「ひゃあっ!」
ひやりとした何か冷たいものが、オレの額にくっついたのだ。
びっくりして飛び起きると、ぽろりと目の前に落ちたそれを見つけた。
「ん、おしぼり…?」
それはかたく絞られたおしぼりで、ひんやりといい感じで冷たい。
視線を感じてふと目を向けると、コップに注がれたお茶と皿に盛られたリンゴがおぼんに乗せられてすぐそばに置いてあった。
いつの間に…。
その時、ミシ…、と小さく音がして視界に黒い影が入った。
前を向くと部屋のいたる所に小さな黒。隅っこや押し入れの隙間、家具の陰からやなりたちがのぞいていた。
「お前ら…」
やなりたちはオレから距離を取るようにして、こちらの様子を伺っているみたいにじっと動かない。
(あぁ…、)
はいはい。わかってますよ。
何か言いたげなその様子に、オレはリンゴの皿に手をつけ、安心させるように静かに言ってやる。
「早く風邪なおすよ」
するとお菓子を食べ終えて満足した時みたいに、やなりたちが溶けるように部屋の中へ消えていく。
また気配が消えた。今度は完全に隠れてしまったようだ。
なかなか器用に切られたリンゴを一切れかじると、しゃりっといい音がしてオレは口元がゆるんだ。
「ふふっ」
じいちゃんの家には、おかしなものがいる。
そいつらはやなりという妖怪で、オレの前にしか姿を見せないから、じいちゃんはきっと知らない。
やなりという小さな同居人はオレだけの秘密であり、今ではこいつらに会うのが密かな楽しみになっている。
***
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