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こうして今までずっと事務所で飼育してきたチャーミィだが、脱走は今回がはじめてだった。
水槽の蓋にしているアクリル板は厚みが8ミリもあって、まさかこの小さな身体では動かせまいとたかをくくっていた。だからこの脱走は油断していた僕らに責任がある。
「僕は店に行きますので店長はチャーミィの様子をみていて下さい。」
「ありがとう。」
背中すれすれの浅い水位に漬っているチャーミィはじっと動かぬまま、時折脚をゆさゆさと動かしていた。身体の周りには少量の埃が浮かび上がっている。どうやら脱走時に体にこびりついたものらしい。
先程言ったように、ザリガニは本来水中に溶け込んだ酸素をエラに取り込んで呼吸をしている。
これはあまり知られていないが、ザリガニは野生でもよほどのことがない限り暗い水の底でじっとしていることが多い。やつらは根っからの引きこもり体質なのだ。
しかし、水中に酸素がなくなってくると壁などを使って水面へ向かい、身体の側面を水面へ出して外殻の隙間からエラに直接酸素を取り込む。ただ、これは生態の身体に負担が大きくて天敵にも狙われやすいためあまり好ましくない。
だから外へ逃げてしまったチャーミィをすぐに水槽へ戻して安心させてやりたいのだが、ここでひとつ難題がある。
長時間外にいたザリガニはエラが乾いてしまい、そのまま入れてしまうとエラがうまく機能できずに窒息死してしまうのだ。
それで僕らは本人が苦しくなっても自力で体を測位に向けて直接酸素を取り込みやすい水位にし、ゆっくりと時間をかけてエラが湿るのを待つことにしたのだ。
黙って心配そうに見守る店長を後にし、僕はロッカーでエプロンに着替えて事務所を後にした。
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