ザリガニ男

10/39
前へ
/41ページ
次へ
エプロンの胸元には【アクアハウス岩沢】という文字が刺繍されている。それが僕の職場の名前だ。 僕は先程いた事務所の真下、つまり一階にあるこの水性生物専門ショップで働いている。 ペットショップは殆どが犬や猫等の哺乳類を扱っているが、僕らの店は店長の趣味である水性生物しか扱わない。 店長は5年前に長年勤めていた大手の総合ペットショップから独立し、一人でこの店を立ち上げた。 建物は約50坪で駐車場は入り口の前に2つしかなく、一軒家のような二階建ての建物の一階のみがフロアになっている。 ペットショップにしては小さい店だが展示環境の良さと親身な接客を売りにしていて、常連客が定期的に足を運んでくれていることを僕自身とても誇りに思っている。 因みに、僕もはじめはその常連客の一人だった。だが三年前、僕が高校三年生の頃に店長から、 「僕も一人でやってくのはやっぱり骨が折れるし、卒業後はうちで働きなよ。」 と、スカウトされたことがきっかけで卒業後の進路はここに決めた。 その頃の僕はまだ頭の中がお花畑ならぬ水の中に広がる竜宮城状態で、この業界の厳しさなんて毛頭に考えていなかったし、一日中水槽を眺めていられるので天職だと思ったからだ。
/41ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1人が本棚に入れています
本棚に追加