11人が本棚に入れています
本棚に追加
駅員からのアナウンスも客をなだめる効果はなかった。誰もが恐怖に怯えながらその異物を遠巻きに見ている。すると少しだけ電車が動きようやくホームに到着した。しばらくしてドアが開くと、皆が先を争うように外へと飛び出した。
その人混みに揉まれ、扉付近にいた一人の少女が、突き飛ばされ転倒し、後ろから来る人々に蹴られて転がった。
「痛い!」
少女の悲鳴はパニックになった人々を、さらに混乱させたに過ぎない。少女は無残に踏みつけられ苦しみながら、床に転がっていた。
「姉さん」
姉の悲鳴に隣にいた幼い詰め襟の少年は、必至に姉に手を伸ばす。しかしそれは無駄な努力で人の波に流されて引き離されるだけだった。人の波が収まった後、やっとの思いで少年が姉の元にたどり着く。苦しげな呼吸を繰り返す姉は必至に呟いた。
「……大丈夫?」
「僕は大丈夫だよ。それより姉さんが、誰か! 誰か助けて下さい」
しかし駅員が駆けつけるまでの間に、少年以外彼女を介抱しようとする者はいなかった。遠巻きに眺めるだけの汚い大人達を少年は睨み付ける。
「担架を用意しろ」
駅員達が少女の救助をしながら、同時に車内の安全確認を行っている。問題のあった車内に入った駅員は、網棚の上の異物に顔をしかめる。
「なんだこれは?」
煙も消え、破壊された紙袋からひらひらと垂れ下がる『双子分割居住法反対』の文字が躍っている。まるで人々のパニックを嘲笑うように。
最初のコメントを投稿しよう!