アルト

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 ワタリがアルト黒竜の右前足に斬りかかり、まだ生まれたての柔らかい鱗を割いて刃先が地肌に沈む。苦痛の咆哮が酷くなる。痛みを思って苦しくて吐きそうだ。 「早く!」  ワタリに怒鳴られ我に返ったマネギリューは無我夢中で鱗を掻き分け裂かれた傷跡に手を入れた。玉はすぐに指先に触れ、柔らかい肉と血の温かさにこみ上げてくるものをこらえながら必死で玉を取りだした。 「ワタリっ、これ、これでいいのか!?」 「ここからだ、竜の姿から人型に――戻っているな」  ワタリの言うとおり黒竜からは鱗が消えていき、残ったのは血を流して倒れるアルトの姿だった。 「アルト!」 「手当を急げ、それからすぐに国を出るんだよ、僕はこれから竜になり、次の竜守がそれを見守る。もう村には連絡してあるからすぐに竜守が来るだろう。見つかる前に早く、行かないと!」  一体いつのまに村に連絡を取ったのかなどマネギリューには分からない。ただ分かるのはワタリの言うとおり、全てを迅速にこなさなければならないということだけだった。 「なんか、色々、ありがとうな」 「君の為じゃない。アルトは苦しむと思うけど、でも、君と生きてみたいと思ってるように僕には見えた。竜守になるために隙なく育ったアルトの、唯一の隙が君との出会いだったんだと思う。無理だとは思う、けど、君と幸せに生きて欲しいと思う」  なんと隠しごとのない願いなのだろうと苦笑しそうになりながらも、マネギリューは鼻の奥が痛くなるのを耐えられなかった。こんな渾身の願いを聞かされたことはないからだ。そしてそれは己にかかっている。 「分かった、なんとかする」 「西に逃げて。川沿いを下れば村の者には出会わないと思う」 「お前も、その、頑張れ」  なんと陳腐な言葉かと思ったが、他に言葉が出てこなくて、それも分かった上でかワタリは面白そうに声を上げて笑いながら手を上げた。それに同じく手を上げて応えながら、マネギリューはアルトを背負って踵を返した。
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