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あの後――と、一秋は呟き、回想する。
一秋は朱音と外で会い、別れ話をした。結婚できない、別れたい、と。
もちろん、すんなり了承してくれるわけがなかった。彼女は最初、「なにその冗談」と笑って、真に受けなかった。一秋は根気よく話し続けた。
話した場所は、初めて入った喫茶店だ。クラシックが流れていて、静かだった。周りには女性の一人客。本を読んでいた。
「どうして? なんで突然?」
本当に一秋が別れ話を切り出しているのだと知った朱音は、目に涙をためていた。
「他に好きな人がいる。一度は諦めたけど、どうしても忘れられなかった。その人とやり直したい」
やり直せる状況にある、とも言った。
「なにそれ。私たちはこれを出そうとしてたんだよ?」
朱音が声を震わせて、鞄の中から婚姻届を取り出した。
二人はすでに、署名、捺印を済ませていた。お互いの戸籍謄本も揃っていた。
本当にあとは、地元の役所に行って提出するだけだった。
一秋は「結婚できない」「ごめん」「申し訳ない」を繰り返すことしかできなかった。
悪いのは自分だ。どんな言葉を投げつけられても、受け入れるつもりだった。
だが、朱音はすぐに冷静になった。
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