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雪夜が病院を出ると、空はもう半分ほど夜の闇に浸食されていた。
上方の青い闇を弱々しく橙の光が照らしている。まるで、辰が眠る地下室のようだと思う。
生暖かな風が頬を撫でた。
雑踏を避けるように、街燈の少ない裏路地を歩き出す。
後ろからバイクの音が近付いていた。知り合いの気配だ。
暗いのにライトもつけず、まるで忍び寄るように音と気配だけが近付いてくる。
「雪夜、乗って行け」
声に足を止めて振り返ると、大型バイクに乗った尊が親指で後ろを示していた。
フルフェイスのヘルメットを受け取り、尊の後ろに跨る。
「お節介な男だな、てめぇも」
憎まれ口を叩くと、クックと尊は愉快そうに笑って言った。
「世話を焼かせているのはお前だろう、雪夜。まったく、一人で好き勝手にフラフラと徘徊して。まるで猫のようだな」
「ふん。となるとてめぇは過保護な飼い主か?笑わせやがる」
尊の揶揄を鼻で笑うと、雪夜はさっさとバイクを出せと、軽く尊の脛を蹴った。
尊は怒りもせずに、小さく笑いながらヘルメットを被り、バイクを走らせた。
「雪夜、あまり何もかも背負い込むな。この間の戦の後も、一人で思い詰めた顔をしていた。他の奴は気付いていないが、俺には解る」
風の音に消されそうな細い声で尊が呟く。
「馬鹿言うな。夜叉隊はみな己の意志で戦っている。それで死のうが、誰も悔恨はない。だから、俺も誰が志しの半ばで命を落とそうが気にしちゃいねえよ」
「本当にそうだといいがな……」
「――心配性なんだよ」
広い背中にそう吐き捨てると、雪夜は顔を流れる景色に向けた。
遠ざかっていく病院を振り返ることなく、雪夜は目の前の黒い背中だけを見詰めていた。
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