第四話 復讐鬼の匣

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夕暮れ時が迫っていた。 上空は青、中空は灰、下空は仄かな橙と、穏やかに暮れゆく空。 沼田邸での非日常な事件が嘘だったみたいに町は静かだった。 鈴助は京市やリイナと言葉を交わすことなく、無言でバイクに跨った。 後ろに京市が座り、遠慮がちに胴体に腕を回してくる。 「ちゃんと掴まってねえと、落っこちるぞ」 「あ、はい。すみません」 しがみつく京市の腕の力が強くなる。鈴助はスロットルを回してバイクを発進させた。 帰る途中、夕暮れに染まる道を一人歩く男が視界に入った。 白い縁取りのある黒いジャケットを羽織った、藤紫の着物の華奢な男だ。 直感的に雪夜だと思った。 バイクを走らせながら振り返ったが、薄暗かったのともうかなり遠ざかっていたのとで、男が誰か認識するには至らなかった。 豆粒ほどの大きさになった着物の男が角を曲がる。 角の向こうは十文字病院がある通りだ。 雪夜を白十字病院病院でみかけたのは、ついこの間だ。 それなのにまた来るなんて、彼は何の用があるのだろう。 本人の病気ではないと言っていたが、本当だろうか。 だとしたら、誰かの見舞いに来たのか。それとも、なにか企んでいたのか。 雪夜の後をつけて辿り着いた陰気な地下室が脳裏を過る。 あそこにはどんな秘密が眠っているのだろう。 気になったが、確かめるのはやめた。 後ろに京市を乗せていたし、今は、何となく雪夜に会いたくなかった。 それに今はすれ違う人の顔がよく見えない逢魔が時。 道を行く者の中には魔物が紛れているかもしれない。 闇に紛れる男を追うのは愚かな行為だ。 速度を上げて、鈴助は逃げるように十文字病院から遠ざかった。
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