第四話 復讐鬼の匣

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十文字病院にある、光の届かない地下室の一番奥の部屋。薄暗い病室はシンと静まり、規則的な電子音だけが喧しく響いていた。 ベッドと棚、机と椅子が一つあるだけの簡素な部屋だが、病室としては広く、物の揃いも悪くない。ベッドには黒いマントのような貫頭衣に身を包み、顔の左半分を白い仮面で覆った男が眠っていた。 明らかに一般患者とは違う態の男は短いスポーツ刈りの黒髪で、見えている右半分の顔は男らしい顔立ちをしている。 白いベッドの上でチューブに繋がれた男が、ぼんやりと扉の方を見遣った。 輝きのない瞳が部屋に入って来た藤色の着物を纏った雪夜を映す。 「忙しそうだな、高月」 「そうでもないぜ。まあ、ぼちぼちと言ったところさ」 名前を呼ばれた雪夜は少し困ったように笑った。 ゆっくりとした足取りでベッドに近付くと、ベッドサイドの木製の椅子に腰掛けて、チューブに繋がれた男を見る。  バイタルを示すモニターは、今日は割と安定している。 顔色も比較的よさそうだ。雪夜は彼に聞こえないように小さく息を吐いた。 「差し入れだ、辰」 雪夜はベッドサイドにそっと文庫本を何冊か置いた。 辰と呼ばれた男は「ああ」と気のない返事をして、本に手を伸ばす。 雪夜はさり気なくベッドサイドのライトを点灯した。 仄かな橙色の明かりが男の手元を照らす。 まるで地下牢のような病室は薄暗い。天井灯は一般的な蛍光灯ではなく、柔らかなオレンジ色の電球のみだ。 細かな本の字は見えにくい筈だが、辰はすらすらと頁を捲っていく。 本のタイトルは雨月物語。江戸時代、上田秋成が書いた怪異小説だ。 物語の世界に没頭している辰の横顔を、雪夜はただぼんやりと眺めていた。 暫くすると、辰がふと顔を上げてじっと雪夜を見詰める。 雪夜は黙って、濃褐色の瞳を見詰め返した。
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