第一話 友との再会、オペラの悲劇

3/41
13人が本棚に入れています
本棚に追加
/158ページ
「うるせーな、リイナ。もうちょっと寝かせろよ。開店までまだ一時間以上あるじゃねえかよ」 「ダメ。ほら、顔洗ってシャキッとしてよ。ねぼけた顔でお店に立つ気なの?」 「どうせ客なんてそんなこねーだろ。寝惚けてようがかまわねーよ」 「リンのそういうやる気のなさがお客さんに伝わっちゃうの。だからお客さんがこないの」 「俺のせいじゃねーよ。どこも不景気なんだよ」 うだうだと文句を並べて渋るが、リイナはダメの一点張りだ。 しまいには鈴助を布団から落として、片付け始める。 畳みの匂いを鼻先に感じながら、これでは気持ちよく寝られないと諦めた。 立ち上がり、仕事用の群青色の無地の法被風の着物、黒い長袖のインナー、 黒のスキニーに着替えはじめる。 パンイチになったところで、リイナは動揺したりしない。 家の一階に陽炎堂を開いて三年、リイナが住みこみで働きはじめて二年。 鈴助のだらしなさにも彼女はすっかり慣れきっていた。 着替えがすむと、鈴助はのろのろした足取りで一階に降りた。 一階の事務所に顔を出すと、バイトの長船京市(おさふねきょういち)がすでにきていた。 「おはようございます、鈴助さん」 黒髪のポニーテイルを揺らして、礼儀正しく京市が頭を下げる。 京市はなかなか整った顔をしているが、 ややアーモンド型の猫っぽい勝気そうな黒橡色の瞳に反した、 あどけなく優男そうな顔のせいで仔犬めいてみえる。 彼はつい一週間ほどまえ、依頼者として鈴助の元を訪れた。 依頼内容は父親探しだった。 その依頼は結局解決していないが、ネオスに勇猛に立ち向かった鈴助にいたく感動し、 ボランティアでいいから陽炎堂の一員にしてくれ、と申し出てきた変わり者だ。 鈴助のいきつけの喫茶店『花音(かのん)』の店主、梢の甥だったこともあり、 鈴助は彼を店の一員として迎えることにしたのだ。 京市はもともと大江戸東京州に住んでいた。
/158ページ

最初のコメントを投稿しよう!