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「うるせーな、リイナ。もうちょっと寝かせろよ。開店までまだ一時間以上あるじゃねえかよ」
「ダメ。ほら、顔洗ってシャキッとしてよ。ねぼけた顔でお店に立つ気なの?」
「どうせ客なんてそんなこねーだろ。寝惚けてようがかまわねーよ」
「リンのそういうやる気のなさがお客さんに伝わっちゃうの。だからお客さんがこないの」
「俺のせいじゃねーよ。どこも不景気なんだよ」
うだうだと文句を並べて渋るが、リイナはダメの一点張りだ。
しまいには鈴助を布団から落として、片付け始める。
畳みの匂いを鼻先に感じながら、これでは気持ちよく寝られないと諦めた。
立ち上がり、仕事用の群青色の無地の法被風の着物、黒い長袖のインナー、
黒のスキニーに着替えはじめる。
パンイチになったところで、リイナは動揺したりしない。
家の一階に陽炎堂を開いて三年、リイナが住みこみで働きはじめて二年。
鈴助のだらしなさにも彼女はすっかり慣れきっていた。
着替えがすむと、鈴助はのろのろした足取りで一階に降りた。
一階の事務所に顔を出すと、バイトの長船京市がすでにきていた。
「おはようございます、鈴助さん」
黒髪のポニーテイルを揺らして、礼儀正しく京市が頭を下げる。
京市はなかなか整った顔をしているが、
ややアーモンド型の猫っぽい勝気そうな黒橡色の瞳に反した、
あどけなく優男そうな顔のせいで仔犬めいてみえる。
彼はつい一週間ほどまえ、依頼者として鈴助の元を訪れた。
依頼内容は父親探しだった。
その依頼は結局解決していないが、ネオスに勇猛に立ち向かった鈴助にいたく感動し、
ボランティアでいいから陽炎堂の一員にしてくれ、と申し出てきた変わり者だ。
鈴助のいきつけの喫茶店『花音』の店主、梢の甥だったこともあり、
鈴助は彼を店の一員として迎えることにしたのだ。
京市はもともと大江戸東京州に住んでいた。
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