第一話 友との再会、オペラの悲劇

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感情の揺らぎを周囲に気取らせないように、素知らぬ顔で会話を続ける。 「懐かしい?なんだよそれ、材料が素朴でお袋の味ってか?で、どんな男だったんだ?」 「そうね、すごく綺麗な男だったわ」 「はぁ、綺麗な男ぉ?男って時点で綺麗じゃねえよ。 お前、目が悪くなったんじゃねーか?眼科行った方がいいぞ、それ。 老眼がはじまったのかもしれないぜ。綺麗ってどんなふうに綺麗だったんだよ?」 梢の言葉を否定したが、思い当たる節があった。 まさかと思いつつも、さりげなく情報を引き出そうとする。 「もう、失礼ね。老眼になるような年じゃないわよ。 確かサラサラした黒髪で、目は緑がかった金色だったかしら。 線の細い華奢な顔立ちと体型で、柄物の着物を着ていたから、 声を聞くまで男だって解らなかったわ」 「ふーん、そう……」 平静を装ったが、心臓が早鐘を打っていた。 艶やかな黒髪に端正な美貌。思い当たる人物が一人いた。 遠い昔に袂を分かったはずの男の姿が、瞼の裏に浮かんでくる。 その瞬間、喉元に酸っぱいものが込み上げてきて慌ててお茶を飲んだ。 思い出そうとするのにブレーキをかけ、結びかかった人物像を頭の外に追いやる。 何事もなかったように、鈴助は黙々と食事を口に運んだ。 お茶だけ飲むと、梢は片付けと明日の準備があるからとそそくさ帰っていった。 京市とリイナと三人で、食後のデザートに作ったチーズケーキを食べた。 甘い物は好きではないと言っていた京市が、 美味しそうにケーキを食べながら誉め言葉を口にする。 「ケーキ、ほんと美味しいです」 「まあな。何でも屋じゃなくて、本気でケーキ屋しようとも思ってたくらいだからな」 大真面目な顔の鈴助に、リイナはクスクスと笑い声を上げた。 「リンったら面倒くさがり屋だけど、お菓子作りだけは文句言わずに進んでやりたがるもん。 お菓子作りなんて細かい作業いっぱいあるのにね。そんなに甘いモノが好きなの?」 「甘いもん食うと、満たされるっつーか、幸せになるだろうが」 「本当に甘い物が好きなんですね。 ケーキ屋をしようと思ったのは甘いのが好きだからですか? もしそうなら、志望動機としては軽すぎです。 好きだというだけで仕事は出来ませんよ、鈴さん」
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