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今まではどちらかと言えば肉感的な女が俺はタイプで、理想を問われてすぐに思い浮かぶのは女優だったりしたものだ。違う。現実の“理想”は人生に直接飛び込んでくるものなのだ。“理想”がこの世に存在していること自体に幸せを感じる。二八にして初めて得た感覚だった。まるでこのために生まれてきたかのような錯覚を得て、しかしこの錯覚は全身を支配するのだ。何もかもを吹き飛ばす錯覚である。天から何かを与えられた感じ。レリジョン?いやそれとも違う。そこに教典があるわけじゃない。ある種の報奨と言ってよかった。天からの。銀河から星雲へ、星雲から太陽系へ、太陽系からこの惑星へと何者かがその長大な両腕をぎゅっと抱き込んだとき、そこに発生したエネルギーを凝縮させた塊がその女だ。以来俺は変わった。物の見方感じ方が変わった。つまり価値観が変わった。まだその中身を言葉にできるほど固まってはいないが蝶のサナギの内部のように一度溶けたのだ。目にするだけで幸福を感じるというのは自分でも欺瞞や倒錯を疑うのだが、理屈はあるにはある。恋愛のポジティブな面の裏側にある、嫌なこと煩わしいことがそこにはない。この点が魅惑される要素のひとつなのは確かだ。俺は常々幸せとは“人間関係の軋轢がないこと”だと思っていて付き合いは四、五人の範囲に絞っている。俺の生活はこれでうまくいっている。小さな喜びと安定こそが地味でも幸せなのだと信じてきた。しかしここまで深い、体に染み渡るほどの幸福感は想像していなかった。人生に予定していなかった。恐くなるのだが感覚が調子良くその女の姿が明確に脳裏に描けるとき、幸福感は再現できるのだった。…人間の感覚ってすごい。どうなっているのだ。
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