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正午の時報が鳴り響いた。人間の生活は急速に進化しているのに、この音色だけは遺産のように守られている。そして、なんの違和も抱かないことが不思議だ。 GBは充電を中断し、思い出したかのように立ち上がった。そしてさっそく鍬をもち 『いってきます』 と、新たな畑の開墾に向かった。 俺はその様子を監視しつつ、昨日使った工具の手入れや、油で汚れた布切れなどの可燃物をまとめて、ドラム缶の中で燃やしていた。 このところ晴天続きで、毎日開墾日和だ。裏山を塒にしているカラスの群れが、都に向かってまっすぐに飛んでゆく。今日はめずらしく空気がよく澄んでいて、木々の隙間からビル群が隅々までよく見える。 埋め立て地につい最近完成した、超巨大な未来型分譲マンションなるものまでよく見える。 俺は実物を観たことはないが、それは、16世紀のオランダの画家、ピーテル・ブリューゲルによって描かれた【バベルの塔】をモチーフにして建築されたものらしい。 いま最も創造的でオシャレかつ古風なマンションとして好評だ。需要次第で、今後も増築していく計画も検討されているという噂もある。 しかし、新たなライフスタイルの提案などと称してはいるが、その実は都市人口倍増の煽りをうけているだけにちがいない。 あのたった一つの貝殻の中で、一生をおくれてしまえるほどの環境設備が整えられていて、商店や病院はもちろん、保育園から介護施設まで、産婦人科から火葬場まで、それらの施設が、一つの建物内に共存しているという。いわば究極の甲殻都市だ。 すべての入居者は富裕層だが、その施設内の労働者は皆、清掃員からすし職人まで、外部から出勤してくる、一流の中流層だそうで、因みにかなりの高給だそうだ。 なんとも皮肉な話じゃないか。肝心の食料は俺たちのような人間が供給しているのに。それとも、こうやって人は精練されていくとでもいうのだろうか。 しかし遠目には、何度見ても海岸に打ち上げられたヤドカリにしか見えなかった。 景色をぼうっと眺めているうちに、ゴミは燃え尽き、いつのまにか白煙だけがたちのぼっていた。 その煙の向こうで、郵便夫がGBに封筒を手渡していた。
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