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『シンギュラリティ』そんな言葉が希望のようにもてはやされていた時代があった。だがなんということもない、それは結局、そんな言葉にかこつけた、3度目の世界大戦の勃発であった。
「人は考えたとおりの人間になる」こんな言葉を、なにかで読んだのはいつの頃だったか。いまでも時々、頭を掠めるこの言葉が、人も社会も世界も、このたったひとつの法則で動いてきただけにすぎなかったのではないか。
夜のクラブのジャズピアニストが、即興で鍵盤をたたいていくように、つぎの瞬間を奏でるために、指と鍵盤を即座に決定していくかのように。その即興をかたちづくるであろう、連続してゆく一つ一つの音色が、神からの思し召しでしかないと信じるように。
そうして世界はいくべきほうへ進んでいるのではないか。だからいまここで、俺はこうしているのではないか。戦争は常に最新兵器の品評会として、その最先端の破壊力の充実をこれでもかと見せつけ、甚大な被害を体感させることで、誰の正義に従うべきかを人々に判断させてきた。それは勝者にも敗者にも、その選択を強要してきたのである。
それとともに政府は、科学技術の飛躍を推し進めた。戦後の国家再興と、社会復興を名目とし、その時点を技術的特異点と銘打つことで、公では戦争を否定しつつも、経済発展のため、生活の向上のためと各メディアに唱えさせた。それを信じた人々は額に汗し、労働し、およそ三分の一世紀間、堪えさせられ忍ばせられ、じわじわと先の大戦を正当化させてきたのである。そしてそこに再び、平和という言葉を浸透させてきたのである。
勃発からわずか9ヶ月で終戦を大戦を経ることで手に入れた、超高度な科学技術は、悲惨な戦後被害を忘却することと入れ替わることで、新たな人々に受け入れられ、賛美された。それは世代交代だけが円滑にすすんだことをあらわしていた。政府が戦前と同等、もしくはそれ以上の権力を自然と握るためには、この人の世代交代は、自然に発生してくれる、実に都合のよい条件だったのである。
そして人は、どんなに科学技術を発展させても、自然という法則からは、未だ抜け出せないのであった。
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