人格統合のパラドックス

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(すべ)ての記憶が戻っていた。 そう僕の過去を示す日記は終わりをむかえていた。 バイザーの駆動音(くどうおん)徐々(じょじょ)に静まり止まっていく。 深呼吸するように静かに(まぶた)を開いた。 グラデーションの無い無機質な室内。 (まぶた)から冷たい(しずく)が流れ落ちた。 僕、いや俺は静かにバイザーを外した。 周りには僕を囲む仲間達がいた。 「待たせてごめん」 「そしてただいま」 カラスにファナ。 それにもう一人の俺。 その仲間に心配をかけた事を()びた。 特にカラスには辛い思いをさせた。 カラスはそんな俺を見つめ不安気に囁いた。 「兄貴なのか?」 記憶を無くしてた間に、 随分(ずいぶん)(つら)い対応をしたのだろう。 俺はカラスににっこり微笑むと、 その華奢(きゃしゃ)な体を引き寄せ抱きしめた。 その小さな温もりを二度と手放さぬよう、 その耳元で囁く。 「そうだ兄貴だ。 ただいま」 カラスは緊張した様に俺の腕の中で固まっていた。 「あっゴホン!」 目の前の俺が焼き餅を()いた様に赤くなっていた。 残念だが目の前の俺にはカラスの魅力は解るまい。 そうそれは、 俺が俺である事のアイデンティティーだった。 もう一人の俺とも違う自己の存在を示唆(しさ)していた。 「残念だけどカラスは俺にもやらないぞ」 そう俺をからかって見た。 もう一人の俺は難しい顔をして 「まあ今はそんな事より緊急の話がある」と 切り出した。 カラスは湯だった様に赤くなって俺から離れた。 俺は渋々(しぶしぶ)カラスを手放し話を聞いた。 「まずはその前に便宜上(べんぎじょう)、 お互いを呼ぶときの名前を決めとかないか」 そう俺が俺に提案(ていあん)した。 「例えばどんな?」 もう一人の俺はすぐに答えた。 「俺がソウヤで、君がアスカでどうだ」 名字と名前に分けたわけか。 「それだと俺がソウヤでも良くないか?」
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