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「父上、私は何故このような場所にいるのですか。父上、私を助けてください。私は神々の逆鱗に触れるようなことをしてしまったのでしょうか」
「ミノタウロス。薄汚い牛頭の化け物よ。そこにお前を閉じ込めたのはこの私だ。お前のような化け物が私の子だなんて、一体どうやって認めろというのだ。汚らわしい化け物よ、お前がなぜ我が子のふりをしているのか知らぬが、お前のような醜いものを誰が次の王になどするものか。お前はこの迷宮で朽ちてゆくがいい」
父の言葉に、ミノタウロスは絶望した。
十数年の時を経てようやく父に愛されたと思ったのに、認められたと思ったのに、それらはすべて偽りだった。
酒を酌み交わした笑顔の裏で、どのような顔をしていたのかを想像すると、悔しくなった。
すべての喜びが絶望へと変わり、むしろ憎しみが沸き上がってきた。
「この迷宮の壁は、いかにお前といえども砕くことはできまい。そのように作ったのだからな」
嘲りと嫌悪の混じった声を聞くと、ミノタウロスは起き上がり、近くの壁を殴り、壊して見せた。
「いいだろう、ミノス王よ!お前が私を息子と思わず化け物と呼ぶならば、俺は人を喰らう化け物となろう。こんな石の壁を砕くことなど、俺にはたやすい事だ。いつでもこの壁を砕いて、外に出て、罪無き民を襲おうではないか。この国の民が一人もいなくなるまで、民を襲おうではないか!だがもし、それを食い止めたいというならば、俺の言うことを守るがいい。これから先、毎年七人の若い男と七人の若い娘をこの迷宮に入れるのだ。俺はその生贄を喰らい、ここで生きていこうではないか。もし、これが守られなくば、分かっているな?」
ミノタウロスはそういうと、もう一度壁を殴り、壊してみせた。
ミノス王にミノタウロスの要求を拒むことはできなかった。
拒めば民どころか、自分さえもあの怪物に食われてしまう。
自分を喰らうときはさぞ残酷に喰らうだろうことを想像すると、なんとしても生贄を絶やすまいと思った。
生贄をアテナイから毎年送らせ、三年目。
その年の若者に見目麗しき青年が一人いた。
彼の名はテセウス。アテナイの王子であった。
その生贄に、こともあろうにミノス王の娘、アリアドネは一目惚れしてしまった。
生贄を捕らえておくための牢にたびたび赴き、兵の目を盗み、二人は格子越しの逢瀬を繰り返した。
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