第1章

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「俺の名はアステリオス。もっともそんな名前、誰も呼びやしない。皆、ミノタウロスと呼ぶ。これでも、この国の王の息子だ。俺は産まれたときからこんな姿でな、親父には汚いものを見るような目で見られ続けてきたよ。だがな、ある日、俺を名前で呼び、酒を注いでくれる日があったんだ。嬉しかった。ずっと嫌っていると思っていた父親が、ある日突然俺を息子として認めてくれたんだ。だから俺は、親父の喜ぶことなら何でもしようと思った。王子の身でありながら、命を顧みることなく戦場では前線に立って兵たちとともに戦い、何度も何度も戦を勝利に導いた。ところがどうだ?俺のやってきたことは無駄だった。これ以上無いくらい無駄だった。親父は俺を愛してなどいなかった。今なら分かる。戦場に送り出したのだって、俺が戦で死ねばいいと思っていたからなんだ。いや、戦場には親父の命令を受けた刺客がいて、俺を殺そうとしていたのかもしれんな。戦ならいつ命を落としても不思議ではないからな。戦って、戦って、生き残って、親父は俺を殺すことができないと思ってこんな迷宮の中に俺を閉じ込めた。こんな迷宮を壊して外に出ることは訳の無いことだ。だが、俺はそうしなかった。まだどこかに親父に愛されたいという気持ちがあったのかもしれん。親父を困らせたいという子供じみたわがままがあったのかもしれん。俺は、ここを抜け出ない代わりに、生贄を求めた。親父が俺を化け物扱いするというのなら、化け物になってやろうと思った。だが、もう疲れた。殺せ。ここで俺を殺して、お前は外でいかに俺を勇猛果敢に倒したのかをふれて回れ。これ以上生きることは、父上にも、母上にも、姉上にも迷惑のかかることだろう。さあ、俺を苦しまぬように殺して、この哀れな物語に終わりを告げてくれ」  迷宮を訪れた王子が、迷宮に住まう王子を殺した話はこうして出来上がった。  化け物の死は、一人の王子の英雄譚として、後世まで語られることとなった。
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