12人が本棚に入れています
本棚に追加
小夜子の想い人である赤い口紅のひとが結婚するのか。私はやっと理解した。私なぜか胸が痛くなる。その痛みは桜の下で生きることを放棄したように、うずくまっている小夜子のせいだと容易に想像できた。
「小夜子」
彼女からの返事はない。小夜子は立つ気力もなく、声も出さずに泣いている。
「小夜子!」
無理やり彼女を立たせ、私は彼女を桜の木の幹に押しつけた。
「そんな大声を出さなくても聞こえているわよ。何よ」
「告白しなさい」
私は目を見つめてそう言った。そして小夜子は泣きはらした目を大きくして、見つめ返してきた。
「無駄だよ」
「そんなの問題じゃない。小夜子の気持ちに区切りをつけてあげて」
彼女を見つめる目に私はいっそう力を込めた。視線を外して、力なく頷いた小夜子を私は見届けると、お気に入りだった桜の木から離れた。
この冬は寒く、厳しいものだった。私はあの一件以来、桜の木の下で授業をサボタージュすることはなかった。もちろん寒さも原因としてある。しかし小夜子に対する何かもやもやとした気持ちを、うまく言葉にできなかったから。ときどき、ふと思い出したようにその靄は私の脳裏を掠める。授業中にそんな状態になると、ノートの上にシャープペンシルを走らせることをやめ、私は意味もなく窓の外を見つめた。
最初のコメントを投稿しよう!