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小夜子とはあれ以来、言葉を交わしていない。それが一番よいことのように思える。小夜子に強引に告白しろと言ったこと。そしてそんなことをした気恥ずかしさから私は小夜子に近づかなかった。小夜子は同様に、小夜子も不真面目な生徒の私に迂闊に私には近づこうとはしなかった。それは暗黙の了解だ。
新学期の始業式、私はその場所に久しぶりに足を踏み入れた。
「もうおじいちゃんなのに、綺麗に咲いているね」
よしよしと幹を撫ぜた。桜は春を待ち焦がれていたように、狂おしく咲いている。
「ソメイヨシノっておじいちゃんなの?」
背後から小夜子の声が聞こえたので、私は振り返った。彼女の髪は長い三つ編みではなく、肩で切り揃えられていた。
「佇まいがおじいちゃんっぽかったから。それより委員長が始業式をエスケープしていいの?」
「いまは委員長じゃないし」
「煙草を吸いにきたの?」
「もう煙草は辞めたよ。春になったら来ようと思っていたの。きっと綺麗に咲いているだろうと思って」
肩をすくめてみせる小夜子は、秋の終わりに私に見せた弱々しい姿ではなかった。
「告白したよ」
「そう」
「見事に玉砕したけれど」
私と小夜子は桜の花を見つめながらゆっくりと話しをした。小夜子が好きなひとがどんなひとだったか、今年の六月に結婚式があるとか。まるで今日の天気を話すように、穏やかで、眠くなるような口調だった。
「さっそく最近、気になるひとがいるの」
「それは、おめでとう」
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