ひとりゆとりみとり

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 人の気配がする。重い両脚を引きずるようにして歩いていた彼は気づかなかった。ひたすら老人の地面を睨み付け、その更に奥の景色が全く目に入っていなかったのだ。急だった斜面は緩やかな平地へと変わり、道幅は広くなっていた。知らず知らずのうちに足取りが軽くなる。少し遠く、そびえ立つ標識に「山頂」の文字を見て取り、彼は弾んだ声を上げる。 「やっと着いた――」  ぎろり、即座に鋭い視線。振り返った老人は盛大に鼻を鳴らした。 「ここは頂上じゃない」 「え、でも、頂上って書いてあるじゃないですか」  現に、標識の前に集う人々は皆嬉しそうに笑って我先にとスマートフォンを取り出し記念撮影をしている。頂上じゃないというなら一体ここは何なのだろう。 「そんなことも知らんのか。ここは火口の外周。一応『頂上』と呼ばれてはいるが、最高標高地点は別にある」 「どこに?」 「火口を一周するルートの途中だ」  火口を一周するルート。彼は考え込み、恐ろしい可能性に気がついた。 「え、もしかしてそれってめっちゃ遠いってことですか」 「目安として一時間半と言われているな」 「はあ? これから一時間半歩かないといけないってこと? 頂上なのに?」  山頂に到着したと信じて高揚していた心が急激に萎む。忘れかけていた疲労と体の重さ、息苦しさといったすべての不快感が一斉に襲いかかってくるようだった。ラストスパートと思ったが、まだまだこの先があるらしい。ラスボスが待ち受ける最終ステージといったところだろうか。 「別に強制でもなければ登山者全員が回る訳でもない。文句があるならそのまま下山すればいい」 「……わかりましたよ、ついていけばいいんでしょう」 「誰もついてこいとは言っていないが」 「はいはい」  老人は首を振り歩き出した。彼は大人しくその背中を追う。ここまで来たらもう自棄だ。這ってでも辿り着くしかない。
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