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第1章
正門を潜り抜けたタクシーは、再びスピードを上げて、広い敷地内の道路を進んでいった。そして、いくつかの建物の間をすり抜け、タクシーは五階建ての開発棟前にゆっくりと停車した。ここまで来ると、正門付近で行われていたデモの演説は、小さく擦れて聞こえる程度になっていた。
「ご苦労様」
支払いをカードで済ませた坂本信一郎はタクシーを降りて、初夏の日差しを受けた真新しい開発棟を軽く見上げたあと、正面の大きなエントランスへ向けて歩き出した。歩くたびに肩に食い込む大きなボストンバックは、ホテルに寄って荷物を置いてから来れば良かったな、と信一郎に後悔をさせていた。
偏光ガラスの自動ドアが開き、開発棟の中から冷たい風が吹き付けてきた。首元の汗が一瞬で引き寒気を感じた信一郎は、五メートル先の受付へまっすぐ進んだ。
受付のカウンターには、若い女性が立っている。制服に包まれた身体は、一見してスタイルの良さを伺わせた。信一郎は、タクシーで緩めたネクタイを締め直そうとしたが、途中で思いとどまった。
「いらっしゃいませ、お待ちしておりました。坂本様」
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