第1章

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 まるで就職の面接会場だな、と感じた信一郎は、面接相手の横を通り過ぎ、ボストンバックを長机の上に下ろし、やっと肩の痛みから解放された。  そして、大きく深呼吸してから、今朝、研究室でプリントアウトした資料をカバンから取り出した。今時、紙を使うこと自体、世間離れしていたが、信一郎は雑に扱える紙が好きだった。来る途中、何度も読み返していたため、クリアファイルに挟まれた資料は、すでにヨレヨレになっていた。  資料とは反対の手で、パイプ椅子を引いた信一郎は、改めて面接相手に視線を向けつつ腰を下ろした。面接相手もこちらを観察しているのだろう、その間、二人は視線を合わせたままであった。初対面の印象は、笑顔が固まっている、その一点だった。 「どうも、坂本です。自己紹介は必要かな?」  信一郎の質問に、入り口付近に立つ木下が首を振っている。面倒を省くことができた信一郎は、腕時計の時間を確認してから、もう一度、資料に目を通していた。 「はじめまして、私はシュウと申します。坂本先生の本は読ませていただきました。あの本は、私たちの歴史を知る上で、とても興味深かったです」  面接相手であるシュウが、誰にも命令をされずに自己紹介をした。     
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