潔癖症の彼女。

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六月三十日、十三時二十五分。 まだギリ6月だというのに、この日はジメジメと蒸し暑かった。冷房が効いたこの環境にいても、ビニール手袋の中の手は暑さと緊張で汗が滲む。 「小幡(おばた)!生クリームは!?」 「すみません、まだです」 「おせーよ!…早くしろ!」 遅いって…まだ五分しか経ってない。 休憩もまだだし、いい加減お腹が空いて死にそうだ。しかも長時間立っていたせいで、疲れて脚がガクガクする。 だがここ…『Espase・Fleuri』(エスパス・フルリ)、日本語に翻訳すると『花の咲いている場所』という、洒落た名前がつい洋菓子専門店の研修員の僕、小幡慎二(おばたしんじ)が文句を言えるはずもなかった。 思わずマスクの中で重いため息が漏れる。 僕は本当にパティシエになりたかったのだろうか。おかげでこんなブラック企業に就職することになってしまった。 今思えば、パティシエになろうと決意したのはくだらない理由からだった。いや、理由と言えないくらい、単純な思いつきだったのだ。
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