プロローグ 飛ぶ前の記憶

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プロローグ 飛ぶ前の記憶

 周囲は緊急事態で、慌ただしい。  まだ静かな格納庫の中で、僕は準備が整うわずかな時間を待っていた。  見れば見るほど歪んでいる。  そう思いながら、コックピットに乗り込む前に機体に触れてみた。 「でも、綺麗だ」  タラップを使う必要もなく乗り込めるこの小さな飛行機は、白く陶磁器のように滑らかな表面でまぶしかった。  無粋なエンジンが目立たないので翼の小さいグライダーのようで、とても兵器のようには見えない。  けれど、実際には無駄に最新技術が使われている。  この国の豊かな自然環境を壊さないようにと、条約で取り決められたこの『環境に優しい戦闘機』は、一見、簡単なエンジン付きグライダーのように見えるけれど、エンジンも条約をすり抜けた最新鋭のものだった。  風防もキャノピーも透明ではなく、ディスプレイに外の風景が映し出される。計器もほとんどなくHUDで映し出される。 「いかれている。これに乗ることが怖くないパイロットなんているわけがない」  最新鋭戦闘機では、グラスディスプレイが当たり前になっているから、それほど目新しい技術なわけではない。  合理的ではあるけれど、何かが故障したら、真っ暗な中で空だけを飛ぶことになる。だから、ベテランのパイロットたちはこんなものに乗れるかと反対していた。  正直なところ、平気な顔をして操縦をしている『あの娘たち』は頭をいじられているのだと思った。  人のことを言えた立場ではないなと自嘲気味に笑った。今にして思えば、意外に彼女たちは普通の少女たちだった。  僕なんかより、ずっとまともな人間だった。 「頼むよ」  僕は、この白い飛行機に祈りでもするかのようにおでこをつけた。  だから彼女たちを助けにいかなくてはならない。  僕は決意をする。  もう一度、前線で飛ぶ決意だ。  気がつくと、慌ただしい整備兵たちが、大騒ぎで格納庫にも入ってきていた。  僕はヘルメットを抱えると、このいかれた飛行機のコックピットに乗り込んだ。
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