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初めて会う相手から極めて友好的な挨拶を受け、私は全力で逃げたくなった。
「初めまして! 今日から一緒の部屋になる子だね? よろしくね!」
この挨拶の何が問題なんだって思うでしょう?
私だってこれが普通の相手から言われた挨拶なら、普通に受け答えできていた。
けれどもこの場合は、その挨拶をしてきた相手が問題だった。
私は今日から親元を離れて学生寮で生活することになっていた。
寮とはいえ、初めて実家を出る新生活。地元からは離れた大学に進学したから、知り合いはほとんどおらず、周りは新しく出会う人たちばかり。
それなりに新生活に対する期待もあり、不安もあり、どんな生活が待っているんだろうかとわくわくしていた。
その最初の一歩、寮で同部屋になるルームメイトとの対面が今日成されたわけだけど、その結果がこれだった。まさか顔を見あわせるや否や逃げたくなるとは思っていなかった。
別にその相手がかつてのいじめっ子だったとか、競技会で負けたライバルだとか、そういう因縁のある相手なわけじゃない。それはそれで嫌だけど、いまの相手よりはマシだとすら思える。
「いやー、同室の子が卒業しちゃって寂しかったんだよね。次に来る子がどんな子か楽しみにしてたんだけど、真面目で良い子みたいだし、良かった良かった」
こっちの気持ちなんて構わず、楽しげに話を続ける相手に向け、私はなんとか声を絞り出す。
「……あの、まだなにも言ってないのに、なんで私が真面目で良い子だって思うんですか?」
自分でいうのもなんだけど、私の外見は真面目からはほど遠いはずだ。髪は明るい色に染めているし、ピアスだっていくつもつけている。楽だからということで服もだらしなく着崩しているし、少なくとも外見から見て「真面目だ」と判断できる材料はないはずだった。
すると相手はむしろ不思議そうに長い首を傾げた。
「ん? 対面した相手がどれくらいの犯罪を犯しているかくらいはわかるよ。君はそうだな……せいぜいが信号無視かな? 飲酒もたばこもやってないね」
まるで見てきたかのように言う。
「あ、別に心は読めないから安心してね」
そう付け加えられて安心できる人がいるだろうか。
私はその縦に割れた瞳孔にすべてを見透かされている気分になった。
ルームメイトは、龍でした。
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