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と、八代日向はいった。
「今からそちらに車をよこすわ。そこで待機してて」
「分かってる。ありがとうございます。おかしいんだ。なんだか、むねが。痛くて」
「社長も心配してるわ。大丈夫。すぐに来るからね」
通信は終わり、近隣のマップと同時に車のマーカーらしい丸い点が、徐々にこちらに近づいている。
八代日向は胸をつかみ、空を見上げた。
まるで、穴のそこから眺めるような空。あまりにも遠くて、苦しくて、ぬけだしたくて、でもぬけだせなくて。辛い、そんな状況だった。
「あれ、八代せんぱい?」
日向は足払いでもされたかのように、きょとんとする。全身の体重が宙に浮いたかのように、おぼつかない。
彼はぎこちなく、首をむけた。
そこには、ミナミがいた。
「せんぱい、私です。ミナミですよ。あの、覚えてます? この前、いっしょに作戦で――」
今日はポニーテールではない。
赤茶色のニット帽をかぶり、黄緑のセーター、黄色のロングスカート。
渋谷で買い物をしたのか、いくつかブランド名の入ったビニール袋をもっている。
「――せんぱい?」
「ちがいます」
この前のことが鮮明になってくる。
僕は、ちがう。と、何度も繰り返そうとする。
「僕は八代日向じゃありません。僕はちがいます。ただの一般人です」
「え、でも」
声も、顔も、同じ。
髪の色だって、緑じゃないか。左目は大きめの眼帯を。
「ちがう!」
声をはりあげる、日向。
突然のことに背筋がぴくっとなるミナミ。しかし、様子がおかしいことに気づいて、どうしたもんかと周りを見るが誰も助けてくれる人はおらず、かといって、ここから去るのもどうしたもんかと。
「って、せ、せんぱい?」
「ちがっ・・・ぼくは、せんぱいじゃ」
日向は苦しそうに胸をかかえ、膝をおってアスファルトに倒れた。
顔は苦渋の表情にみち、いたそうにしている。心臓の内部から、へんなものが生えてきたかのように、悲鳴にならないか細い声をあげる。
「せんぱい、大丈夫ですか。せんぱい」
救急車、救急車を呼ばないとと、ミナミが辺りを見回す。いや、それより119番だと電話しようとしたが、その前に彼女の前に白い服の医者らしいもの達が駆け寄ってきた。
「え、あ、――え?」
ミナミは途方にくれたが、彼女の肩をつかみ、日向から離れさす人物がいた。
「しゃ、社長」
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