第1章

23/39
前へ
/39ページ
次へ
 と、八代日向はいった。 「今からそちらに車をよこすわ。そこで待機してて」 「分かってる。ありがとうございます。おかしいんだ。なんだか、むねが。痛くて」 「社長も心配してるわ。大丈夫。すぐに来るからね」  通信は終わり、近隣のマップと同時に車のマーカーらしい丸い点が、徐々にこちらに近づいている。  八代日向は胸をつかみ、空を見上げた。  まるで、穴のそこから眺めるような空。あまりにも遠くて、苦しくて、ぬけだしたくて、でもぬけだせなくて。辛い、そんな状況だった。 「あれ、八代せんぱい?」  日向は足払いでもされたかのように、きょとんとする。全身の体重が宙に浮いたかのように、おぼつかない。  彼はぎこちなく、首をむけた。  そこには、ミナミがいた。 「せんぱい、私です。ミナミですよ。あの、覚えてます? この前、いっしょに作戦で――」  今日はポニーテールではない。  赤茶色のニット帽をかぶり、黄緑のセーター、黄色のロングスカート。  渋谷で買い物をしたのか、いくつかブランド名の入ったビニール袋をもっている。 「――せんぱい?」 「ちがいます」  この前のことが鮮明になってくる。  僕は、ちがう。と、何度も繰り返そうとする。 「僕は八代日向じゃありません。僕はちがいます。ただの一般人です」 「え、でも」  声も、顔も、同じ。  髪の色だって、緑じゃないか。左目は大きめの眼帯を。 「ちがう!」  声をはりあげる、日向。  突然のことに背筋がぴくっとなるミナミ。しかし、様子がおかしいことに気づいて、どうしたもんかと周りを見るが誰も助けてくれる人はおらず、かといって、ここから去るのもどうしたもんかと。 「って、せ、せんぱい?」 「ちがっ・・・ぼくは、せんぱいじゃ」  日向は苦しそうに胸をかかえ、膝をおってアスファルトに倒れた。  顔は苦渋の表情にみち、いたそうにしている。心臓の内部から、へんなものが生えてきたかのように、悲鳴にならないか細い声をあげる。 「せんぱい、大丈夫ですか。せんぱい」  救急車、救急車を呼ばないとと、ミナミが辺りを見回す。いや、それより119番だと電話しようとしたが、その前に彼女の前に白い服の医者らしいもの達が駆け寄ってきた。 「え、あ、――え?」  ミナミは途方にくれたが、彼女の肩をつかみ、日向から離れさす人物がいた。 「しゃ、社長」
/39ページ

最初のコメントを投稿しよう!

3人が本棚に入れています
本棚に追加