第1章

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 向かい合わせで、社長と対峙するミナミ。  対峙といっても、彼女はそわそわしながら、両手をひざにつけて震えているだけで。社長はそれを無視して話しかけるだけだ。 「す、すいません」 「無能はいけないよ。無能はダメだ。生きる価値がない」  彼は指をならすと、空間液晶でパネルが表示させる。  適当にいつものを選び、小型のドローンが現れる。球体のもので、白とマゼンタの組合わさったボディをしており、それは二人の真ん前にある空間に降り立つ。そこに床からテーブルが出てくる。棒状のものが静かに上がって、それは横に広がり、テーブルになった。そして、ドローンもまたまるで風呂敷をといたかのように、球体は平面状になっていき、中にあったコップ二つが、テーブルに何気なく置かれる。  どうぞ、と社長はミナミにジェスチャー。  暗くて分かりにくいが、なんだろ。グラスに氷も入って、いい臭いはするから躊躇わずにクチをつけた。 「――っ、ぶはっ、これお酒じゃないですか」 「いや、きみはもう成人だろ?」 「せ、成人ですけど」  十五歳は成人である。  大人だ。そのため、たばこも酒も許される。合法。 「わ、わたし、お酒はまだ慣れてなくて」 「そこは飲んだことないとはっきり言った方がいい。情報は正確に、そしてスマートに」  ブランデーだ。  スコットランド産のものらしい。頼りない照明でもうっすらと輝いてるように見える酒の色。それは氷とグラスで乱反射し、飲めば程よく焼けるような味わいとなる。 「現代は平等じゃない。優れた人に適した仕事も行き渡っておらず、その代わりとして、無能な奴が利益をむさぼる。この前も、努力して官僚になったのに、バカな政治家のせいで自殺してお詫びした者がいたが。ほんと、日本は、いや人間は、技術だけ進歩して体も社会も、ひとつも進化してないのだと悟ったよ」 「……それは」  現代社会は複雑だ。  穴により科学技術は飛躍的に進歩したはいいが、それにより法律の整備は間に合わず、理不尽な結果だけが目につく。昨日まで働いていた非正規の労働者が、翌朝からAIに仕事を取られるようなのも珍しくない。穴は先進国だけを混乱させただけじゃない。ある国では過激テログループの資金源にもなり、中東ではそれがより激しいのだとか。
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