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二人は東口から離れた構内中央にある男子トイレに向かう。入り口側のトイレは念のため使われない。逃げにくくするためだ。ガキといわれた日向は個室に入った。彼はヘルメットを外す。隊員は全員ヘルメットをかぶっていた。
「――ぷはっ」
息苦しかった。始まる前から汗をかいていた。
やはりまだ年若く、しわひとつない、顔つきも幼い。昔なら義務教育の年頃。
今は少子高齢化によって十五歳からあらゆる大人の権利が保証されるが、それでも学歴社会健在の現・日本において、高校の有用性は失われていない。そのため、本来ならこの少年もダイバーなんて危ない職業に就かず、学校に行けばいいはずだ。
だが、彼は高校生じゃない。
(あぁ、逃げたいな)
(s_それは許されない行為よ)
彼は逃避したくなる。頭の中で。
しかし、そこですら逃げられない。声が聞こえてきた。
空気が振動してそれを鼓膜で受けとるのではなく、頭蓋骨の内側から直接響いてくる声。
(あぁ……さっちゃん。きみはいつも手厳しいね)
洋式便器に腰を下ろし、ぽかんと天井を見上げる。
そんな彼の視界に、黄金色の光を放つ物体が浮かんでいた。それは右、左と行ったり来たりして、そして真ん前に止まる。サイズは人形ぐらい、背中から虫のような羽根が生え、からだはレオタードのようなものを着てる。童話に出てくる妖精のような美少女。髪は金で、瞳はまんまるく、可愛い顔立ち。
(s_この、童貞チキン野郎)
妖精は罵声を放つ。
(……さっちゃん。頼む、頼むからもうちょっと優しくして)
(s_何よ、いつもいつも仕事の前にはトイレにこもちゃって。あんた、周りから何て言われてるか知らないの?)
「おい、早くしろよ便所マン」
(s_ほらね)
タイミングよく、個室の外の監視が叫んだ。
(s_ま、日向って名前は似合わないけどね。あんた、暗いし)
(父さんがつけた名をからかうな)
(s_じゃあ、便所マンはいいの?)
(ぬっ)
よくない。
だが、周りは自分よりも大人ばっか。ただでさえ内気な少年には難しい案件だ。
とてもじゃないが、便所マンじゃなく日向と呼べなんて言えない。
(でも、あんな命がけの仕事なんだよ。これくらいの逃避は許してくれよ。仕事のためにここでうだうだするのが唯一の娯楽なんだよ)
(s_……何だろ、ギャンブルよりマシなのに、すごくダメ人間に聞こえる)
さっちゃんは呆れる。
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