第1章

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「先輩は、なんでそこまでして」 「それを言ったら、きみだって同じだよ」 「わたしは……」  お金のためだ。  どんな結末になろうと、生活保護も受けられず、母親は就職先もろくに見つからず、明日もどうすればいいかという状況で、未来よりもまずは今日のことだ。現在を考えなければいけない。金がほしい。昔のようなレジのアルバイトや、ガードマンのバイトで儲かる額ではない、それこそ一回や二回で一生暮らせる額を稼ぎたい。  そして、かすかにうずかせている願いもある。 「もしかしたら、穴の向こうで父親に会えるかも?」 「………」  現在、埼玉の周りは厳重にバリケードがしかれ、立ち入り禁止となっている。  当初はここも、ダイバー達の侵入区域となっていたのだが、かつて大規模な軍隊を送り込み、一人の生存者も出なかったため、ここだけは禁止となった。  たまに、調査ロボット、自動AIで動く簡易的なものも送ったりするが、それすらももどることはない。一度も。一人の生存者も出ていない、日本で唯一の穴。  そのため、埼玉だけは魔窟とされていた。  現状では、この現実世界ではどうあがいてもあそこでいなくなった人たちを探す手段はない。  だが逆に。 「あの中で。あの穴の中なら、どうか。埼玉はどうなってるのか。不思議と、埼玉が見える地域に穴はなく、そのため確かめられる方法は足で埼玉の近くまでいくしかないのだが――しかし、念のため言っておくが」 「分かってます」  ミナミは当たり前のようにいった。 「分かってます。自分でも。それは無謀だって。大丈夫です。会社の迷惑になるようなことは」 「希望がゼロではない。今は、耐えるべきだよ」 「分かってます」  だが、心に秘めた思いは消すことはできない。  できるなら今すぐにでも穴に飛び込んで、父を探したい。だが、そんなことしても生き残る確証はない。八代日向だってそれをしないのだ。自分がやったところで、すぐに死ぬにきまってる。  それが悔しい。 「おそらく、八代くんががんばってるのもそれが理由。いや、これだけじゃないか」 「え?」  意味深なことをいいかけた直後だったが、リムジンは止まった。  どうやら、会話は終わりらしい。 「しゃ、社長。今日は、ありがとうございました」 「いやいや、こちらこそ。八代くんのことをみてくれて、助かった。彼にはわが社も多大な恩恵があるからね。それでは、未来ある若人よ」
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