第1章

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(恐怖にかられ、新人もいるのに仲間を見捨てた無能に送る言葉も金もない)  龍宮、いや、隆三は窓の光景を眺め、つぶやいた。 「約束の日。必ず私は、この世界を変革させる」  009  昔のことだ。  昔のことだが、昔ってのは大切で、過去ってのは、その人にとって大事な支柱であり、土台なのだ。  八代日向は昔から泣き虫で、弱虫で、いじめられっ子だった。  それを助けてくれたのが、さっちゃんだった。 『もう、ひなたのザコ! そんなんじゃ、いつまでたっても、つよくなれないよ!』  さっちゃん。  さつき、という名の少女。  彼女は近所に住んでいて、幼馴染み。いや、幼馴染みといっても、その他にも幼馴染みはいて、いじめっ子のジャイアンならぬ、菅野とか、山井とか、性格の悪い細野とかもいるわけで、一応、彼らは八代日向の幼馴染みであり。  あの日を境に、消えた。  消えてなくなった。 (s_鳴ってる、鳴ってるよ)  朝。  まっしろな天井が目に入り、ふわふわのダブルベッドから起き上がる。  八代日向は、冷蔵庫から水を取り出して、ごくごくと飲み干し、シャワーを浴びて、朝食。彼は料理に凝っていて、といっても朝は大したのを作らないが、ピーナツバターをかけたバナナを食パンにはさみ、焼いて食べる。 (s_今日もまた、トイレにこもりそう?) (いや、大丈夫かな) (s_どうしたの急に) (なんだか。最近、クリアに感じてきた)  なつみは死んだ。  そのせいだろうか。 (s_そう、何かいやなことがあった?) (いや、いつも通りだよ。いつも通り、誰かが死んだ。だから、変わらない)  変わりようがない。  日向は支度を整えて、家を出る。彼の住むマンションはセキュリティの行き届いたとこで、てか、社宅なのだが、玄関を出ると、すぐさま車を手配してもらい、現地へ向かう。  今日は仕事の日だ。 (s_日向。あんたって、なんのために戦ってるの?)  車は無人のAIタクシー。  ハザードが歩くとなにかと物騒なので、この手のタクシーを借りることは多い。というか、これも会社の経費で出たりする。 (……さっちゃん、きみって昔はどんな夢があった?) (s_質問に対して質問で。いや、昔はって。アタシを誰かと勘違いしてない?) (……そうか、そうだよね)  彼女はAI、さつきではない。  ……さつきは、どんな夢を持っていただろうか。  アイドルになりたい?  専業主婦?
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