第1章

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「あ? それ言ったらこれから乗り込むのだって男子トイレでしょ。ガキじゃないんだから、つまんないこと言わないでよ」  言ったのは日向ではなく、外の監視で。  言われたのも監視であった。  監視は中年男性だったが、年上でも関係ない。長年、男所帯で鍛えられているのか、なつみは相手が誰であろうとビシバシ言う。 「キミも、毎回トイレに行って現実逃避して――あのね、キミは二年間もダイバーとして現役で報酬たんまりもらってるA級ダイバーなんだよ。誰もが憧れ、見上げる存在なの。だから、胸を張ればいいんだよ」  日向の頭をなでる、なつみ。  それを嫌がる日向。十七歳の少年が子供のようにされたら、そりゃ嫌がるだろう。 「全く、ほんと穴の中だと性格違うね」 「し、仕方ないだろ。あまり変わらないのは、なつみだけだよ」 「そうでもないけどね。いや、トイレにこもってAR映像でしこってるよりかは」 「っrf0@j0923あfま!?」  思春期の少年には、ふれられたくないプライバシーがある。  いや、そのような行為はしていなかったが、話題に出すだけで嫌なものはあるのだ。 (s_ふんっ、嫌な女。数歳、年上だからって親分ぶって) (こら、なつみを悪く言わないで) (s_べー、だ)  視界のすみで、AIがスネる。  ちなみに、さっちゃんの姿はなつみには見えない。AIデータを共有することはできるが、さっちゃんの姿を他人と共有したことは一度もない。 「ほら、さっさと行くよ」 「ちょ、ちょっと。心の準備が」 「キミ、前回そんなこと言ってガチで逃げようとしたでしょ。バレる前にとめなきゃ、死んでたんだよ?」 「わ、分かってるって。もうしない。もうしないから! ――ただ、ちょっとだけ」  と、日向はベストのポケットから傷だらけのMP3プレイヤーを取り出す。 「………」 「……ふぅ」  これについては、なつみも何も言わない。  MP3プレイヤーは、MDやCDなど記録媒体を再生するのではなく、直接データを送って音楽を聴く機械のことだ。  もしかしたら、これが発展しておもしろい製品が登場したのかもしれないが――現在の主流は、原型がほとんどなくなったデバイスである。ユーザーの嗜好を独自に反映し、お気に入りの幻を見せる魅惑的なデバイス。 「よし、ありがと」  だが、それでも彼は手放せない。
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