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いくら、機能は劣化し、もはや電源さえ入らなくてもかまわない。ただ手に持つだけで、彼は音楽ではなく過去の思い出を甦らせた。
(……家族も、友人も、故郷もないけど)
彼は埼玉難民だ。
世界でも一番の被害となる、埼玉県を全て呑み込むほどの穴があった。
埼玉に住んでいた者は依然行方不明であり、たまたま埼玉から離れていた住民は難民となった。
(そう、穴に呑み込まれた)
たまたま、ゲームのイベントで東京に行っていたから助かったが、そうでなかった彼も今頃はどうなっていたか。
「ははっ」
いや、その方が幸せだったかもしれない。ダメだ。この感情はダメだ。
己の中にも穴が空きそうになるのをおさえる。異世界に通じる穴ではない、欠落による穴。海に穴があいて、地球の奥底までつながってそうな深淵の黒――穴だ。
「ほら、行くよ」
なつみは何かを感じ取っていたが、わざと無視した。
二人は個室を出て、監視を無視してテクテクと歩いて行く。
(くそっ、あの小僧。うらやましいぜ)
監視は勘違いしてるが、いや、第三者からしたらそう見えるのは仕方あるまい。
002
穴は、場所によって壁や天井、床にだって空く。
池袋駅東口にある男子トイレの穴は、壁にあった。どの世界の穴も共通してるのが、形である。形は必ず丸であり、大きさだけが各地で異なる。中には人の指も通らない小さな穴もあれば、埼玉全域を丸呑みした穴まであり、また、穴の大きさでモンスターの数や宝も決まるわけじゃない。
ここの穴は、比較的スタンダートである。
大体、成人男性二~三人が一度に入れる大きさ。
穴の先はここからじゃ真っ暗で、入らなければ何があるか分からない。
「それじゃ、こちらが新人のミナミさん」
隊にもどると、小隊のリーダーである高田が新人を紹介した。
「よ、よろろ、よろしく、お願いっ」
「ははっ、緊張することないよ」
新人のミナミ。
歳は一五、まだ成人したばかりで初初しい少女だ。
ヘルメットを外し、ぎこちなく敬礼をする。やってることは軍隊だが、一応民間の組織なので、ここまでしなくてもいい。(気にする輩がいるから気をつけた方が良いのは事実だけど)日向は多少、心が安らぐ。
不謹慎ではあるが、自分よりも緊張してる相手がいると逆に安心できた。
「ぼ、ぼぼぼ、僕も、よ、よろしく」
「おい、ベテランが緊張してどうする」
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