あきのかけことば

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「優ちゃん、掛詞ってなぁに?」  幼なじみでクラスメイトの梨恵が、古典の時間にこっそり訊いてきた。僕の隣に座る彼女は、僕の机をシャーペンで突いては、いつも質問をしてくる。今回は和歌集の授業だから、掛詞について訊いてきたらしい。  僕は古典辞書を引いて、こっそり梨恵に教えた。 「掛詞は、一つの言葉に二つの意味を持たせる修辞法のことらしいよ。例えば……」  梨恵のためにいつも持っている小さなメモ用紙に、『たつ』と書いた。それを先生にバレないように梨恵に見せる。 「『たつ』っていったらどんな漢字が浮かぶ?」 「立ち上がるの『立つ』!」 「他には?」 「え、まだあるの?」 「時間が経つとかの『経つ』に、布を切る意味の『裁つ』とかあるだろ」 「そっかぁ。優ちゃん物知りっ」 「……さっき辞書で調べたんだけどね」 「それでも凄いよ! あたし、辞書とか引きたくないもん」 「引けよ」  えへへと笑う梨恵に、僕は苦笑した。  口では引けと言いつつも、実際は引かないでほしいと思っている。梨恵が質問してくれるこの時間が、僕は好きだから。 「あらあら、お二人さんは相変わらず仲良しねぇ」 「せ、先生ッ」  いつの間にか梨恵の隣に立っていた先生は、梨恵の頭を丸めた教科書で叩いた。叩かれた梨恵は、当然のごとく涙目になっていた。梨恵は昔から痛いことが嫌いなのだ。 「じゃあ梨恵ちゃんはこれで許してあげるから、優治くんには問題をあげましょう」 「……はい」  今の先生には、何を言っても聞いてくれないに違いない。僕たちが悪いのは間違いじゃないけれど、古典の話をしていたんだから少しは許してほしいものだ。 「この和歌の掛詞を一つ答えなさい」  先生が示したのは有名な和歌で、一目見てすぐに掛詞がどれか判った。 「掛詞は『あき』で、意味は季節の『秋』と物事に飽きるの『飽き』です」 「さすが優治くん。ばっちりね」  先生が笑顔で頷くと、頭を押さえていた梨恵が何かを思いついたようにノートに書き始めた。それをまた先生に咎められて、もう一発叩かれていた。  どうやら、梨恵には問題を与える気はないらしい。
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