「Fantasy lover」

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実はこの携帯電話は十年近く前の超クラシック・モデル。メールの機能、インターネットの機能、写メールの機能等はもちろんの事、カラーじゃないし、着メロもないし、メモリー登録の名前すら漢字変換できない。そればかりか最近では液晶が切れて、画面に何も映らないありさま。着信相手が誰か分からないのもしばしば。時折、回復して映ったりもするが、夜空に打ち上げられた花火のように短命の灯火。すぐに消えてしまう。若しくは、電源を一度切り再び入れてみると、四,五秒ほど画面が明るくなる。するとそれから二十秒ぐらいは液晶画面が回復する。その刹那が使い所の肝。昨日のアラーム設定もその間に仕掛けたものだ。そんな状態なので今ではカタカナ文字の電話帳も画面が見えないから使えない。我が携帯電話、症状は芳しくなく危篤が続いているので、相手の電話番号はメモってその紙を財布に入れているようにしている。 そのようなトラブルばかりの携帯電話ではあるが、よくバッテリーが持っているなあ、と俺としては感心しつつ、電話としての機能はどうやら果たしているから、多少なりとも友人達からクレームは来るもののそれを使っている。もっとも新しい機種に変えれば用はすむのだが、あまりそういう気がしない。金銭的理由云々というよりも、不便ではあるが惰性と習慣で使ってきたこの携帯電話に対して愛着心があるのだろう、恐らく。寝違えてキリキリと痛む首をさすりながら、そうこじつけてみた。 目覚ましを見ると針は十時を指していた。そろそろ行かなくてはならない。起きた理由、起きる理由を実行するために。現実逃避していた、眠りに逃げ込もうとしていた俺自身を払拭するために。 携帯電話を手にしながら、液晶画面が見えないため、時計の機能を果たさないそれをうらめしく思いつつ、腕時計をはめた。いつもより腕時計が手首をきつく締めているようだ。少し痛みを感じる。確実で曖昧な不可思議な痛感が。これからの用事に意味を見出せないからか。もしかしたらベッドの上で呆然としている方がよっぽど意味があるかもしれない。 「さてと」     
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