「Fantasy lover」

6/97
前へ
/97ページ
次へ
 俺の眼前には程よい人ごみが広がり、視点を下げてみるとアスファルトにはガムのカスと、吐き出された唾が点々と連なっている。ヘンゼルが帰り道を忘れないために千切っていったパンよろしく、それらがこれからの待ち合わせ場所までの綱渡しを果たしているのではないか? そんな不安、いや、不安というよりも、ロマンの欠片もない汚れたメタファーに対して、歪んだ悦に浸りながら牛歩する、俺。  どうやら、まだぎこちない。朝からの違和感、もしくは矛盾が続いているようだ。クール・ダウンに努めるため、戯れに自販機でコーラを買ってみる。二百円投入。 「あっぷ」  変形したオクビを人目に憚らず放ち、タバコの焼け跡があるお釣りのフタを弾いて、お金を取り出した。十円玉が八枚ある。自販機によるかも知れないが、時折このように五十円玉を混ぜず、細かくお釣りを渡すものがある。駅の自動券売機にも確か似たような不満があった記憶が。あの装置もお釣りが細かかった気がする。何故にこんな瑣末的な事を気にするかというと、お釣りが細かいと財布がかさばって困るし、コンドームを忍ばせていたらなおさらだ、というしごくシンプルな男性的実用思考による鬱憤のためだ。二十一世紀になったら自販機の性能がアップすると考えていたのは、俺の若さゆえの過ちだったか。いや、二〇〇〇年からだいぶ時は経てしまったが、それらに変化を感じないのは空しいものだ。たとえ自販機云々の場末的な事情にしても。いやいや、それとも無条件に何かが変わると期待する方がおかしいのか。一日の積み重ね、一年の積み重ねによってここまで     
/97ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1人が本棚に入れています
本棚に追加