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連日、『アンドロイドがアンドロイドを止めるという見出しがトピックとなっていた』。レイジが残したアンドロイドの偉大さが、波紋を呼び、改めて人間はアンドロイドとどのように向き合っていけばいいのか、議論されていた。
そんな難しい話に溢れている日常を忘れて、僕は念願の登山を決行していた。やはり、目が見えなくとも心地の良い緑を感じられるこの場所は最高だ。
「マスター、呼吸を整えてください、それと足元にもお気をつけください」
興奮で心拍数が上がったのだろう。ミヤビは僕のことを心配しているようだった。
僕は息を整えるように深呼吸をする。
ミヤビは僕のことを理解してくれた。青臭く、誰かにぶつかることは初めてだった。痛いし、怖いし、苦しいものだった。それでも、次の日になればミヤビはまた僕の話に耳を傾けてくれた。
「マスターもう少しで山頂です。でも、良かったのですか? 登山ならもう少し良い条件のところがありましたが」
ミヤビはまだレイジのような心をもってはいない。でも、前のように落胆したり、悩んだりはしなくなった。誰も最初から、心を得られるほど容易いものではないとわかっているから。
「ミヤビ、俺はここに来たかったんだよ。それに、ここならなんとなく道のりも覚えているからね」
いつになく僕の心は高揚していた。
「マスター、山頂です!」
風が僕の髪を揺らす。昔の父親の手のぬくもりを思い出した。あの時も今のように心臓が高鳴っていた。
僕はゆっくりと瞼を閉じてから再び開ける。真っ暗だった世界が次第に光を帯び始める。僕はあまりの眩しさに目を細めた。目の前に緑色の草木があり、その向こう側に僕の住む街の景色が見えた。日が傾いているからか、街全体がセピア色に包まれている。
僕はどうしてか体中が震えていた。
「マスター」
その声に、僕の体の震えも止まり、心臓も静まり返っていく。
僕はミヤビがいる方を見つめた。
ミヤビは二重で、肌が白く、どことなく僕の母親を思い出させる容姿だった。
「はじめまして、ミヤビ、坂川健太です」
僕はまた新たな一歩を踏み出した。
<了>
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