三日月猫と悲しげホライゾンI

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  ○  ●  新宿駅から出発、丸々夜を通して、翌朝には富山、高岡、金沢を経由して福井県へ。  それが青年──田倉 弥人(たぐら やひと)が乗り込んだPM22:55発、夜行バスの運行ルートだった。  青年が目指すのは、福井県坂井市に存在する"自殺の名所"として有名な東尋坊のある福井県坂井市だ。  ゆったり4列シートとは名ばかりの、さほど広くない快適シートの座り心地はあまり良くないは余り良くなかったが、用意されていたチケットを使っての搭乗なのだから、文句を言えたものでもない。  新宿を出てからは早いもので、一時間少々が経っていた。  高速道路上を走行しているのか、時折聞こえる僅かな段差を超えていくガタンという音以外、ほとんど静まり返った空間の中。  青年は閉じられたカーテンの、僅かな隙間から現れては消えていく黄色い光を眺めやりながら、明日のことを考えていた。  ──明日。  こんな糞みたいな腐った世界からおさらばしてやる。  青年は明日、この世界から消える算段を立てていた。即ち自殺だ。  理由は多々あった。 頑張って頑張って、ようやく入学叶った大学の一年目にして、突如として襲ってきた大切な両親の事故死であるとか。  その死をきっかけに始まった、友情と、そして恋愛の崩壊だとか。  同時期に大学側の勘違いによって掛けられた冤罪と停学処分だとか。  まあでも。  そういうものは、最早どうだって良かった。  複雑に絡まりあった幾つもの連鎖した不幸は、青年から生きること──その気力を奪い去るには充分だったのだから。  それ故に、今、青年は全てのリアルを流れていく黄色い光の先に捨て去り、気付けばこんな夜行バスの中にいる。  チケット自体は、亡くなる前から両親が取っていたものだった。  向かう福井県には、父親方の実家があったから里帰りも兼ねての家族旅行が予定されていて、その時に予約されていたチケットだ。  勿論、これから向かうのは祖父母の住んでいる実家などではない。  目指すは東尋坊──自殺の名所、東尋坊だ。  この行動に一切の後悔はない。  ただ。  何か心残りがなかったのかと、もし誰かに問われることがあれば……そういえば唯一、心残りだった事があった。  それは、両親に親孝行をしてやれなかったことだ。  けれど、その両親だってすでに他界している。  ならば後はもう何も後悔なんて存在しなかった。
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