三日月猫と悲しげホライゾンI

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「おにーさん、おにーさん」  眠るつもりのなかった青年も、薄暗くて静かな車内の中では知らず知らずに意識が薄れ始めていた、そんな深夜三時過ぎ。  掛けられた囁くような小さな声は、隣に座っていたパーカー少女のものだった。 「もしかして、これから死ぬ予定あったりする?」  ──何だって?  青年は思わず、半分閉じていたまぶたを開けて少女を見た。 「……寝てる? って起きてた」  視界に映った少女は、別に青年の方に顔を向けているわけではなかった。  ただ、正面の背もたれに顔は向けたままだったが、目だけで青年のことをじっと見ている。  栗色をした長髪のその少女は、まだ一言も返していないのに、そんなことはお構いなしの様子だった。 「実はね? 私もなんだよね? 奇遇だね?」  最初の質問の答えなど、聞くまでもないと言わんばかりの、そんな口ぶりで。  少女はどこかリズミカルにそう言って、青年に対してだけ見える無邪気そうな笑顔を見せた。  言葉と表情の、余りのアンバランスさは無視を決め込もうとしていた青年の唇を開かせるに足るものだった。 「いきなり、何言ってんの?」  彼女にだけ届くように、声量を抑えてそれだけだけ返す。  自分で言っておいてなんだが、思ったよりも冷たい声になってしまった。  だが、青年の態度に何を見たのか、それとも伝わっているわけではないのか、少女は気にも留めていない様子だった。 「自殺の話だよ。あれ、するんだよね?」  再び、さも当たり前のように核心を持っているかのような言葉が戻ってきた。  青年は今度こそ少女に顔だけ向き直る。  もしかして俺のこれまでの経緯を知っている身内か、あるいは大学の誰かの悪戯か?  だが、どれだけ記憶を振り返っても、隣に座っているこの少女に心当たりのある記憶は引っかかってこなかった。 「…………」  相手の正体が窺い知れず。どこか空恐ろしい気分になった青年は言葉に詰まった。 「でも、もったいないと思うな? 生きられるって素晴らしいよ?」  青年に返答を求めないまま、会話になっていないはずなのに少女はそうやって言葉を重ねた。  少女と視線が交錯する。  その瞳を見た瞬間、青年の中で思い出すという訳ではないが少女に対してどこか既視感が生まれた。  誰だ、コイツ。
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