三日月猫と悲しげホライゾンI

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 それから三時間後の明け方のことだった。 「ねえ、お腹すいた」  今まで眠っていた少女が、バスの福井到着アナウンスが流れた途端、青年に向かってそんなことを言い出した。  座ったままで大きく伸びをして、そのままの姿勢で顔を向けてくる。 「は?」  想定外すぎる言葉だ。  少女はそんな青年の様子に構うことなく、着ているパーカーをぐっと伸ばしながら青年に向かってまた笑顔を見せた。 「ね? ちょっとだけ寄り道しようよ。死んだらもうご飯も食べれなくなるんだしさ?」  とか言ってくる。  アナウンスで俄にざわめき始めたバスの中、思わず青年は目をぱちくり。  やはり自分が、自殺志願者だということに確信を持っているようなその言葉に、霊感少女というイメージが増してくる。  それはそれで凄く不思議で、怖いというよりはむしろ好奇心の方が先立ってきた。 「そもそも、一緒に行動する前提なの?」 「旅は道連れ、世は情け! 寅さんの名言だっけ? よく言うよね?」 「ごめん、知らないし、言われたことも言ったこともない」「でもま、そういうことだよ。いいじゃん、目的地はたぶん一緒。東尋坊だよね?」   少女は怯むことなく、ちょっとだけ早口でそう言った。  東尋坊。  観光地としても有名なその場所は、今も昔も別の通り名を持つ。  自殺の名所。そう呼ばれていることもあるのだろうが、自殺志願者がこの福井県行きのバスに乗っていることも踏まえればわかるものなのか?  ──言葉を返さず色々と考えている間に、バスは福井県内の幾つかの降車場を経由し、最終目的地である福井駅のバスターミナルへと到着したようだった。  深夜を跨いで長距離・長時間の移動を終えた客たちは、少なからず疲労の色を浮かべ、立ち上がっては通路を進みバスを後にしていく。  一気に騒がしくなる車内の中で、少女は青年の手を掴むと立ち上がった。 「いいじゃん、奢ってあげるからさ!」  その言葉が、明け方に言われたお腹が空いた話の続きであることに青年はすぐ気付いたが、すぐに言葉は出てこない。  そんなことお構いなしに。  少女は笑顔でそう言って、荷物置きから白色のリュックを降ろすと青年の腕を引っ張った。  半ば引きずられるように慌てて立ち上がり──まぁいいか、と青年は思った。  彼女の瞳に感じた何かの面影が、心に引っかかってしまったから。
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