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今、マオを苦しめている恐怖を、リュカはもう忘れてしまった。だから共感はできない。マオもきっと、忘れていくのだろう、と、リュカは思った。そうやって余分な物を落としていけば、半年後には立派な『ナイフラヴァ―』の出来上がりだ。
「何かあったら大声で叫べ。営業中は、見回りが必ず一人付くようにしてるんだ」
「はい」
リュカは自分の仕事部屋でマオを待った。終わった後の処理の仕方を教えなくてはならない。オーナーにねだって変えてもらった、二人掛けのソファに寝ころび、客からプレゼントされた本を読みふけるのがリュカの唯一の楽しみだった。けれど今は、マオがどんな風に帰ってくるかが気になって集中できない。泣きながらだろうか。強がって平気なふりをするだろうか。本を読み始めてから1頁も進んでいないことに、少々腹が立った。
「リュカ、手当てしてやんな」
オーナーがマオの腕を引いてリュカの傍まで連れてきた。マオは下を向いていて表情が見えなかったが、リュカから貰ったシャツを羽織っていた。その背に、派手に血がにじんでいる。
「……また『ひやかし』が来てたんですか?」
『ナイフラヴァ―』を利用するヒトのことを『ひやかし』と呼んでいた。アンドロイドは『ナイフラヴァー』を必要以上に切りつけたりしない。彼らの目的は、人を傷つける事ではなく、「痛み」を間接的に体感し、快楽を得る事だ。そのための手先の器用さも持ち合わせている。でも、ヒトは違う。「痛み」を知っているのに、平気で相手にそれを負わそうとする。けれど、リュカにとってはそっちの方が親しみやすかった。
「客はちゃんとアンドロイドだった。ただ、こいつが痛がらなかったのさ」
オーナーが治療道具とタオルを投げてよこし、部屋から出て行った。リュカとマオだけがそこに残された。リュカは読みかけの本にしおりを挟むのも忘れて、マオを見つめる。
「痛くないのか?」
「痛い」
マオが首を横に振りながら答える。シャツを脱がせて傷口を見ると、見覚えのある切り傷が2本、その下に、今も血が滴る深い切り傷が1本入っていた。
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