第0話 ありがとう

4/12
前へ
/17ページ
次へ
リュカは、マオを縛り付けている何かを知っている。それは、弱者が度重なる理不尽から身につけた、張りぼての強さだ。 「……固く絞ったタオルで傷口を拭いてから、この薬を塗る。貴重だから大事に使え」  リュカは説明を加えながら、マオの背中を手当てしてやる。二本の切り傷はもう塞がり始めた。乳白色の塗り薬は、よく効くが国の認可は下りていない。 「はい」 「手が届かない時は見回りの大人に塗ってもらえ。もし、客が常連なら何も言わなくてもやってくれる。客を取るのは1日2人までだ。空いた時間は洗濯と施設の清掃をする」  三つ目の切り傷に清潔なガーゼを貼って、リュカはマオの手当てを完了した。 「ありがとう」 「……お前、何でナイフラヴァーをやるんだ?」 「お金が必要だから」  リュカは、答えが分かりきっている質問をしてしまった自分に、少し困惑した。目の前の少年が、自分とは程遠い場所にいるように思えた。 「だったらちゃんとしなきゃダメだ。俺たちが痛がるのを金払って見に来てるんだから」  マオが無言でこくりと大きく頷く。リュカにはそれが、頼りなく映った。ため息を吐きながら頭を掻き、マオに近づいて彼の頭を乱暴に撫でる。弟が生きていたらきっとこんな感じか、と、リュカは思った。 「いいか?痛いふりでいい。アンドロイドを騙すんだ。あいつらは痛みが分からないんだから、こっちのさじ加減で決めればいいんだ」 「……はい」  何とも歯切れの悪い返事に、リュカは呆れるのと同じくらい、はしゃいでいた。自分を必要としている存在が目の前にいる事が、単純に嬉しかった。 「仕方ないな。俺が教えてやる。しっかり覚えろ」  久しぶりに、笑えた気がした。
/17ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加