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限界が来ていた。ただタイミングが重なっただけだと、後になってリュカは思った。
足元に、アンドロイドが1人転がっている。リュカの手には鉄パイプが握られていた。その手は震え、鼓動が煩いくらいだったが、深呼吸をひとつするとすぐに凪いだ。
「リュカがやったの?」
マオは特に驚く様子もなく、リュカに問う。
アンドロイドは鉄パイプで殴られたからといって、死にはしない。ただ、破損はする。その破損が何に影響を与えるかは分からない。メモリーか、動作か、ボディだけか。アンドロイドに損害を与える事は、立派な犯罪だ。もちろん、ヒトと同じ要領で裁かれる。
「そうだ。俺がやった」
リュカは鉄パイプを放り投げてから、マオの方へ近づいていく。視線をずっと合わせたまま、どちらも逸そうとはしない。
「なんで?」
「さあ、なんでかな。こいつが俺をかわいそうって言ったからかもな」
マオは黙ってリュカを見つめてから、動かないアンドロイドの方へ視線を移す。その手には紙幣が握られていた。
「このアンドロイドがさ、俺を切らずに金だけ渡してきたんだ」
「うん」
リュカは部屋の中央へゆっくりと歩いて行き、ソファにどかりと腰掛けた。
「そしたらさ、なんか、全身の血が冷たくなってきて、ちょうど鉄パイプがあったんだ」
『ひやかし』への対処として、護身用鉄パイプを各部屋に置いてあった。偶然などではない。3年と少し、何度も何度も鉄パイプの存在を確認し、耐えてきたのだろう。
「なあ、マオ。明日俺はこの街を出ていく。オーナーが新しい事始めるんだ。ヒトを集めてアンドロイドに対抗する組織を作るんだって」
マオは倒れたアンドロイドに近づき、損傷の具合や製造番号を確認する。
「奴らにさ、ヒトの怖さを教えてやるんだよ。お前らが見下してきた弱くて脆い生き物が、危険視しなきゃならない相手だって、解らせてやるんだ」
マオはアンドロイドの両脇に手を入れて引きずり始めた。損傷の具合から、早く専門医に見せた方がいいと判断したのだろう。けれど、この街に病院など無い。アンドロイドを引きずりながら大通りに出て、大人に助けを求めるつもりらしい。
リュカは部屋の入口へ歩いていき、汗を滲ませながら少しずつ進むマオの行く手を阻む。
「お前も一緒に来い」
そう言いがらリュカは、マオと出会った頃を思い出していた。
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