掌編・短編集

妻のギャップ

　どたどたと砂を巻き上げながら、肥満児が白いテープを切ってゴールした。
「すごいギャップだな」
　隣でビデオを構えている妻に声をかけた。
「太ってても足が速い子は速いんだね。さすがに長距離走じゃこうはいかないと思うけど。ギャップといえば……コアラってあんなに可愛いのに、性格は凶暴らしいね。荒くれ者って感じ？　だから精神安定剤代わりにユーカリを食べるんだって」
「へえ。じゃあ、コアラがユーカリを食べなくなったら、オーストラリア、大変なことになるな」
「最近、コアラが増えすぎて、政府が七百頭近く安楽死させたそうよ」
「まあ、それが妥当だな。動物愛護団体がうるさそうだけど。見かけは本当に可愛いのにな。がっかりだよ」
「真のコアラ好きは、そんなことでがっかりしないわよ、あ、真美の番だよ！」
　あからさまに妻のテンションが上がった。片手で構えていたビデオを、両手でしっかりと持ち直す。
　体操服姿の娘が、緊張した面持ちでスタートラインに立った。その姿を見て、俺は思わず「あれが、真美か？」と妻の方を向いた。
「なんか、この一年でずい分変わったな。垢抜けたっていうか……美少女じゃん」