《44》

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 やるではないか、若造。 直隆は心で本多忠勝に語りかけた。  そんな所にふんぞり返っていないで、降りてきたらどうだ。 本多忠勝がそう応えたような気がした。  今日はやめておく。お前のような素晴らしい男には中々出会えん。いずれまた、相応しい、いくさ場で相まみえようではないか。  本多忠勝が頭上で槍を回して、右脇に挟んだ。 直隆は背中の太郎太刀を素早く引き抜き、頭上で何度も回し、本多忠勝に剣先を向けた。  直隆の肌に粟が生じた。対峙するだけでここまで心がざわついたのは初めての事だった。  本多忠勝が馬首を回した。黒い騎馬隊全騎の馬首が同時に回る。  いずれまた、と本多忠勝の心の声が聞こえた。 おう、と直隆は心で応えた。 「さてと、一乗谷城へ向かうか。義景殿に報告をせねばならん」 「この惨敗ぷりをか」 直澄が笑いながら言って、朝倉勢の屍体で覆われた平野に手を向けた。 「惨敗? 何を言っている、直澄」 直隆は言う。 「凄い大槍を見た。それ以外の報告が必要か」 「いらんいらん」 言って、直澄が大きく頷いた。 「たしかに、この場は大槍がすべてだ」 「そうだろう。早よう一乗谷城へ戻り、義景殿の驚き顔を見ようじゃないか」  左側の山に感じた獣の気配はもう消えていた。  兵を退く前にもう一度本多忠勝の姿が見たくなり、直隆は丘の下を見た。 本多忠勝と黒い騎馬隊はもう、遥か遠くを駆けていた。 (3巻に続く)
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