《26》

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「馬鹿を言え」 忠真が笑い声をあげた。しゃがれた、老人のような笑い声だった。 「半分本気ですよ」 忠勝は忠真の横顔から眼を離さなかった。 「我々が叔父上から学べる事は少なくないと思います」 「忠勝、お前、自分自身の事が見えていないのか」 忠真が忠勝を見つめ返してきた。微睡みに包まれてしまいそうになるほど、穏やかで深い眼差しだった。 「お前はもう、わしより10段は上の武人だ。わしからお前に教える事などもうありはせんよ。逆に、三河の飛将本多忠勝からわしが教わりたいぐらいだ」 「そんな」 忠勝は困り果て、言葉に詰まった。 「時は流れているのだ忠勝」 前を向いた忠真の表情が瞬時に引き締まる。 「わしや酒井殿や大久保忠世の時代はもう終わった。これからの松平はお前たち若い者の時代だ」  俺たちの時代。忠勝は内心で呟いた。黒疾風の馬蹄がより一層力強くなったような気がした。  左側に牛窪城が見えてきた辺りで黒疾風は忠真隊から分離し、別行動になった。 豊川の支流が人の血管(チクダ)のように流れるこの辺りの地帯は馬で往くには向かないが、そこは流石黒疾風である。水に馬脚を浸けてしまうような愚をおかす者は一人も居なかった。  支流がなくなると眼前に岩山が2つ現れた。ここから豊川に架かる吉田大橋までは近い。吉田大橋の辺りで酒井忠次隊と小原鎮実隊がぶつかり合うと忠勝は読んでいた。
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