《26》

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 最初に見えたのは白地に黒い文字で『小』と書かれた旗だった。それを追いたてるように白地に朱の丸四方旗が動いている。あれは酒井忠次の馬印だ。 それと並び揺らめくは黒字四半に金の鳥居を縁取った旗、鳥居元忠の馬印である。 紺地に白の大久保藤、大久保忠佐の馬印が勇壮にはためく。 紺地に金の日輪と『無』の金文字の旗、榊原康政も巧みに小原鎮実を追い込んでいる。 白地に鍾馗(ショウキ)が描かれた旗は本多忠真である。  忠勝は榊原康政と眼が合ったような気がした。その瞬間、『無』の旗の動きが変わった。榊原康政隊は小原鎮実隊を岩山の隘路に押し込めるように追いたて始めた。 「黒疾風がここに居ると気づいたか。流石だな、康政」 忠勝は顎を引き、呟いた。 助六の丸っこい体が馬上で前後に揺れている。 出たくて仕方がない様子だ。 岩山の隘路まであと5間(約10メートル)の位置まで小原鎮実隊が追い込まれてきた。忠勝は頭上で蜻蛉切を一度回し、右脇に挟んだ。 更に2間(約4メートル)、小原鎮実隊が隘路に近づいた時、忠勝は馬腹を蹴った。突撃の号令などは必要なかった。忠勝が斜面を駆けるとほぼ同時に背後の騎兵、対山の梶原隊、すべての黒疾風が逆落としを開始した。  敵の横腹。ぶつかった。逆落としの勢いそのまま、駆けた。勢いのついた馬上では蜻蛉切の柄に手応えすら伝わってこなかった。それでも敵兵の首は忠勝の左右で飛び続けた。
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